たとえ世界が明日終わるとしても、今日は明日ではないとは、人類が発明した中で最も強力な現実逃避および先延ばしプロトコルの一つである。
意味
いかに絶望的な未来が確定していようとも、現時点においては「まだ何も起きていない」という物理的事実を盾に、責任や義務を極限まで先延ばしにする態度のこと。または、屁理屈によって平穏を勝ち取ろうとする強靭な精神状態を指す。この言葉を発する際、話者の脳内では「明日」という概念が便宜的に削除される。
由来
21世紀初頭の哲学者、ハメ・ハメハ三世が、巨額の借金の返済期限を翌日に控えた際、取り立て屋に向かって言い放った言葉とされる。この論理のあまりの正論ぶりに困惑した取り立て屋がカレンダーの定義を確認しに帰った隙に、彼は南の島へと逃亡した。このことから、「無敵の先延ばし術」として広く知られるようになった。
用例
「締め切りが明日なのは分かっています。しかし、たとえ世界が明日終わるとしても、今日は明日ではないのです。だから私は今から寝ます」
類義語
- 明日の自分は他人 - 責任を未来の自分に押し付ける高度な分業体制。
- 期限は希望的観測 - カレンダーに記載された日付は、あくまで印刷業者の願望に過ぎないという考え方。
- 昨日の敵は今日も敵だが、明日の敵はまだ不在 - 未来の脅威を無視するための戦術的無知。